ハイデルベルグ
ハイデルベルグの街並とアルテ橋
ハイデルベルグの城壁から赤い屋根が打ち続く街並が見える。ネッカー川にかかるアーチの橋、対岸のブドウ畑が薄緑に広がる。
アメリカ軍はハイデルベルグを爆撃しなかった。古い文化に対して畏敬の念をもっていた。一説にはハイデルブルグ大学に留学した高官がたくさんいたからという。母校を破壊するわけにはいかない。アメリカはハイデルベルグがよほど好きだったとみえ、連合軍の総司令部をここに置いた。
＊
ハイデルブルグ城は、鷲が羽を広げたように威風堂々と建ちあがっている。それで難攻不落かというと何回も落城した。ルイ14世に攻め落とされ、落雷で火薬庫が爆発してぶっ飛んだ。
お城の門に鉄の輪がかかっている。魔女が噛み切ろうとした傷跡が残っている。なかに入ると、バカでかい大樽がある。ワイン２２万ℓ入る。いかな宴会用とはいえ巨大すぎる。樽の見張り役、ペルケオの像が立つ。大酒のみのペルケオは、医者からワインを控えて水にしろと言われ、その通りにしたら翌日死んでしまったという。
街へ降りる坂道は、居酒屋や民家が建ち並んでいる。ハイデルベルグは大学街だ。各地から集まってきた俊英たちは、大いにはめを外して、青春を謳歌した。目に余った者は学生牢に入れられた。それで反省したかというと、乱痴気騒ぎは納まることはなかった。入牢中は講義に出てもよかったし、居酒屋から食事を取り寄せることもできた。
入牢前夜は仲間が盛大にコンパを開いてくれた。おかげで入牢初日は宿酔いでダウンする者が多かった。「いつも暇のある人は、何もしない」という落書が今も残る。
ペルケオ
お城のテラス
『アルト・ハイデルベルグ』は、カール・ハインリヒがハイデルブルグ大学に遊学するところから始まる。カール・ハインリヒはさる国の王子様で、宮廷から一転して娑婆で暮らすことになる。学生団と意気投合して大騒ぎをする。そしてリューダーの酒場のケーティーと恋に落ちる。
そんななか大公殿下重体の知らせが入り、運命は急展直下する。帰国するや、国王に即位し、ご成婚の運びとなる。もう一度ケーティーに会いたいと、ハイデルベルグへ戻ってくる。二人は長い間、抱擁を交わすのだが、いかんともしがたい別れの時が来る。
泣くな 小鳩よ、小鳩よ 泣くな。けなげにも別れの言葉を聞きわけたケーティーは、並木にもたれ、去っていく馬車に手を振る。「あれは日曜日の朝だった」と小さな恋の物語は終わる。
＊
リューダーの酒場はネッカー川を渡ったところにあった。その奥は哲学の道がつづく。物思いにふけって歩くのには、かなりの急坂で息が切れる。スモモがたわわに実る樹の下道は、いい香りがする。歩を進めていくと、丘の上に出る。
対岸にハイデルベルグの街が見渡される。流れる川のほとり古城はたたずむ。アルト(古い)ハイデルベルグの街並は、大学創立(１３８６年)のころと変わらない。花園にバラが咲き、農夫がブドウ畑に手を入れている。古い御屋敷の扉が重々しい。
ケーティーとハインリッヒのものがたりおもいて巡るハイデルベルグ 陽子
今晩は学生酒場で大いに盛り上がろう。その名も赤牛亭(ツム・ローテン・オクセン)創業は1703年、中は黒光りしてさすが歴史を物語る。落書きも年数が経っていて、なにやら由緒深げ。放歌高吟し、床を鳴らして、万歳・万歳と気勢を挙げた。300年の間、この酒場で、理想に燃えて、怪気炎を上げ、心通い合わせ、青春時代の真中を過ごしてきた。そんな幸せの時代が、この酒場に沁みこんでいる。学生たちは勉学にも励んだ。ハイデルベルグ大学は、7人のノーベル賞の受賞者を輩出している天下の名門校なのだ。ピアノのライブに合わせて、ぼくらもしみじみと歌いだした。あの頃の歌を。
赤牛亭(ツム・ローテン・オクセン)
「かなしみは星のかげに」と歌いたり異国の夜はせつなく更けて 陽子
暗がりのテーブルで恋を語るカップルもあった。若き日に吾郎ちゃんは、この赤牛亭で美女と巡り合った。この窓から外を眺めて、この場所に座って、一緒に食事をしたという。そして「君の名は」と訊ねて別れた。
ひとは別れては出会い、出会っては別れていく。遠い日の旅の邂逅。
ハイデルベルグの通りで
ハイデルベルグの街並とアルテ橋
ハイデルベルグの城壁から赤い屋根が打ち続く街並が見える。ネッカー川にかかるアーチの橋、対岸のブドウ畑が薄緑に広がる。
アメリカ軍はハイデルベルグを爆撃しなかった。古い文化に対して畏敬の念をもっていた。一説にはハイデルブルグ大学に留学した高官がたくさんいたからという。母校を破壊するわけにはいかない。アメリカはハイデルベルグがよほど好きだったとみえ、連合軍の総司令部をここに置いた。
＊
ハイデルブルグ城は、鷲が羽を広げたように威風堂々と建ちあがっている。それで難攻不落かというと何回も落城した。ルイ14世に攻め落とされ、落雷で火薬庫が爆発してぶっ飛んだ。
お城の門に鉄の輪がかかっている。魔女が噛み切ろうとした傷跡が残っている。なかに入ると、バカでかい大樽がある。ワイン２２万ℓ入る。いかな宴会用とはいえ巨大すぎる。樽の見張り役、ペルケオの像が立つ。大酒のみのペルケオは、医者からワインを控えて水にしろと言われ、その通りにしたら翌日死んでしまったという。
街へ降りる坂道は、居酒屋や民家が建ち並んでいる。ハイデルベルグは大学街だ。各地から集まってきた俊英たちは、大いにはめを外して、青春を謳歌した。目に余った者は学生牢に入れられた。それで反省したかというと、乱痴気騒ぎは納まることはなかった。入牢中は講義に出てもよかったし、居酒屋から食事を取り寄せることもできた。
入牢前夜は仲間が盛大にコンパを開いてくれた。おかげで入牢初日は宿酔いでダウンする者が多かった。「いつも暇のある人は、何もしない」という落書が今も残る。
ペルケオ
お城のテラス
『アルト・ハイデルベルグ』は、カール・ハインリヒがハイデルブルグ大学に遊学するところから始まる。カール・ハインリヒはさる国の王子様で、宮廷から一転して娑婆で暮らすことになる。学生団と意気投合して大騒ぎをする。そしてリューダーの酒場のケーティーと恋に落ちる。
そんななか大公殿下重体の知らせが入り、運命は急展直下する。帰国するや、国王に即位し、ご成婚の運びとなる。もう一度ケーティーに会いたいと、ハイデルベルグへ戻ってくる。二人は長い間、抱擁を交わすのだが、いかんともしがたい別れの時が来る。
泣くな 小鳩よ、小鳩よ 泣くな。けなげにも別れの言葉を聞きわけたケーティーは、並木にもたれ、去っていく馬車に手を振る。「あれは日曜日の朝だった」と小さな恋の物語は終わる。
＊
リューダーの酒場はネッカー川を渡ったところにあった。その奥は哲学の道がつづく。物思いにふけって歩くのには、かなりの急坂で息が切れる。スモモがたわわに実る樹の下道は、いい香りがする。歩を進めていくと、丘の上に出る。
対岸にハイデルベルグの街が見渡される。流れる川のほとり古城はたたずむ。アルト(古い)ハイデルベルグの街並は、大学創立(１３８６年)のころと変わらない。花園にバラが咲き、農夫がブドウ畑に手を入れている。古い御屋敷の扉が重々しい。
ケーティーとハインリッヒのものがたりおもいて巡るハイデルベルグ 陽子
今晩は学生酒場で大いに盛り上がろう。その名も赤牛亭(ツム・ローテン・オクセン)創業は1703年、中は黒光りしてさすが歴史を物語る。落書きも年数が経っていて、なにやら由緒深げ。放歌高吟し、床を鳴らして、万歳・万歳と気勢を挙げた。300年の間、この酒場で、理想に燃えて、怪気炎を上げ、心通い合わせ、青春時代の真中を過ごしてきた。そんな幸せの時代が、この酒場に沁みこんでいる。学生たちは勉学にも励んだ。ハイデルベルグ大学は、7人のノーベル賞の受賞者を輩出している天下の名門校なのだ。ピアノのライブに合わせて、ぼくらもしみじみと歌いだした。あの頃の歌を。
赤牛亭(ツム・ローテン・オクセン)
「かなしみは星のかげに」と歌いたり異国の夜はせつなく更けて 陽子
暗がりのテーブルで恋を語るカップルもあった。若き日に吾郎ちゃんは、この赤牛亭で美女と巡り合った。この窓から外を眺めて、この場所に座って、一緒に食事をしたという。そして「君の名は」と訊ねて別れた。
ひとは別れては出会い、出会っては別れていく。遠い日の旅の邂逅。
ハイデルベルグの通りで
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