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カシュガル

“S.E.M.旅行Gr №108 (05.03.04)”より
カシュガル

ここは地の果てカシュガル、天山南路、西域南道の極まるところ。北京から5千キロ、筋金入りの終着駅である。シルクロードと呼ばれていた時代、旅人はキャラバンサライで一夜を明かし、シーアン、サマルカンド(ウズベキスタン)へ旅立つ。パミール高原を越えればアフガンへ、クンジュラーブ峠の先はフンザ(バキスタン)だ。まさに東西の結節点、カシュガル。
 憧れの地であるはずなのに、いまや近代化の波に呑まれて、街は一変してしまった。古い建物を壊している街角に、土埃がもうもうと舞い上がっている。バザールでさえ整然として、土地の親わしい匂いがしてこない。ひたひたと小路を抜ける密やかな企みが、この街にもうなくなったのだろうか。もう茫然自失してへたりこんでしまいそう。
 にもかかわらずここは辺境の地なのだ。ウィグル、ウズベク、タジク、キルギス、様々な民族に出会う。食べ物もシシカバブがあり、うどんあり、中華料理がある。民俗の坩堝といっていい。
 シーアンから1年かけてたどり着いたころは、辺境の地であったが、今では飛行機でひと飛び。寝台特急に乗って、20時間かそこらでやってきたわが身としては、終着駅に落ち葉が舞い散っていなかろうと、文句を言えた義理もない。
 町のど真ん中にエティガール寺院が建っている。全体的に黄色のタイルが貼り詰めてあって、極彩色とは違ったおもむきがある。ここは一大集会場らしく、祭りの日には近郷近在から人々が集まってくるそうだ。ミナレットからアザーンが朗々と聞こえてくる。門前市をなすというか、かなりの大通りで、自動車やバイク、ロバ車が行きかっている。通りを眺めているだけで楽しい。雑踏の中で目が会う。ロバ車の荷台で家族が手を降る。
 ウィグル人は紙風船を半分に折りたたんだような帽子をかぶっている。日よけにはならないし、上から落っこちてきても安全とはいえず、帽子としてはあまり役にたちそうもない。縁に飾りの刺繍がしてあって、民族の誇りにはなっているようだ。
カシュガル
【ウイグル族の老人】
 近くに職人街があった。金銀細工、楽器、銅器、木工品などの工房が並んでいる。どこも間口は狭くて二間かそこらしかない。カシュガルだけで数百種類の製品を数え、3万人近くの職人が働いているという。世界有数のハンドメードの街である。
 銅器を抱えて、コンコンと細かな模様を打ち付けている店があつた。花器、壷、ヤカンが見る間に美しい工芸品に変わっていく。ペルシャ風の水差しが気に入ったので買い求めた。というより交渉に交渉を重ねて買い叩いた。もう少し高く買ったほうがよかったかなあと、変に同情したりした。
カシュガル
【銅器と少年 銅器が見る見る間に工芸品になる】
 楽器を作っているところは、かなり広い作業場を持っていた。長いドタールという弦楽器、太鼓というかボンゴというか、ともかく打楽器、ハープ、笛、ありとあらゆる楽器を造っていた。職人の技が面白くて、縁日の少年よろしく座り込んで眺めていた。民族楽器の鳴りひびくのを聞きながら、異邦人であることを知る。「サクラサクラ」の演奏にさそわれて小さな琵琶を買った。
 木工屋さんでは、ちっちゃな子がオシッコをするときにはめる筒があった。これは買わなかった。綿打ち仕事のビーンビーンという音が聞こえてくる。この辺は綿花の産地らしく、女性が綿の山をたくましく積み上げていた。その二階の窓で赤ちゃんが覗いていた。彼女の子供らしい。若い父親が、これ以上ないという笑顔であやしていた。厳しい辺境の地とは思えない、ほほえましい光景であった。
カシュガル
【綿花の山 働く女】
 歯の絵の看板があった。屋台のような歯医者さん。路上の床屋。とにかく地べたが息づいている街である。「昔々、お姫様がいました」と聞いただけで胸躍らせた。お姫様は、美しく、心やさしく、なにかしら不幸を背負っていた。カシュガルに香妃という姫がおった。名前からしてかぐわしい。麗しいばかりではなく、聡明で、香気ただよう絶世の美女だった。
 清の皇帝、乾隆帝は西域の美女の夢を見た。夢なら夢で終わらせばいいのに、后にしたいと言い出す。どこの王様も女にかけてはしょんない。ご下命とあれば国家の威信にかけて美妃を探さなければならぬ。あっちこっちに人を遣り、ついにカシュガルに美女を見つける。
 泣く泣く乾隆帝のもとへ嫁ぐことになった。夜な夜な言い寄る乾隆帝の前に、ついに陥落かと思いきや、短刀をかざして「いやでございます」と突き放す。いいぞ、がんばれ。西の空を眺めては、涙を流す日々。皇帝はなんとかものにしようと砂ナツメの花を植え、民舞を踊り、ひたすら姫のご機嫌を取った。にもかかわらず断固拒否。がんばれ。
 「そなたは何が望みなのだ」というと、「望郷の念かなわぬなら、せめて死にとうございます」と懇願する。はかなきは美女の宿命。死して妖しい香りを残す。 帰郷する悲しみの行列は3年かかったという。イスラム教だから五体投地ではなかったとして、ど
んな歩き方をしていたのだろう。葬られた墓がホージャ廟、シルクロード随一の美しい建物だ。アーチ型の門、丸いドーム屋根、シンメトリーの列柱。緑のタイルが日に照らされて輝いている。
 庭に入ると、そこは花園であった。じゅうたん模様は花々を模したものが多いけれど、どれも天国を表わしているそうだ。姫の眠るホージャ廟は、さながら天国だ。香妃の墓は青いタイルで覆われていた。いかにも高貴な方の墓という感じがする。悲運の姫には、ぼくは弱い。薄暗いホージャ廟をゆっくりと移動し、辺境に花咲く美女香妃をいとおしんだ。もともと世界の美女のルーツは中央アジアだから、その流れを汲んでいるのだろう。

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